映画「ウィキッド 永遠の約束」観てきたお話

yuchou

先日、前々から見たいと思いながらも仕事+引越しでまともに時間が取れず結果としてかなり先延ばしにしていた映画ウィキッドの続編観てきました。今のところ気に入っている場所である秦野ですが、映画館は最寄りだと海老名まで行かないと無いのが数少ないネックですね。その海老名のTOHOシネマでももう1枠しか無かったからだいぶ危なかったかも。まあでも間に合ってよかった。

さて、そんなウィキッド、映画鑑賞としても1年ぶりです。実はわたし、ウィキッドPART1から映画を映画館で1本も見ていなかったんですよね。それでもウィキッドだけは続編もちゃんと見たいと思っていたからこれは叶えられてよかった。

さて、前置きが長くなってしまいましたが、観てきた感想をまとめたいなと思います、余韻の冷めないうちに。

終盤のたった一言の連続がわたしの心を打ちました。

そのシーンは当然これまでの積み重ねがあってこそなんですが、久しぶりに心を揺さぶられました。見終わった後の余韻も本当に冷めやらない。

このお話、主人公のエルファバとグリンダの精神的成長に前向きな影響を与えるのはお互いかあの世界で立場の弱い存在だとわたしは思っていて、例えばエルファバに唯一愛情を注いでくれたのはダルシーベア、真実から目を背けず共存のために模索するやり方はヤギのディラモンド教授、と言った具合にあの世界で後半オズやマンチキンの政策で故郷を追われ、言葉を奪われる動物達でした。これはPART1で描かれていましたね。

そしてエルファバがそんな動物たちから貰った愛や勇気、知性を今度はその動物達を守るため、ひいては動物を排斥する元凶を断つために戦いに身を投じることになるのが今回のお話のスタートなのですが、分断を煽動していく、いないモノ扱いしていく権力者サイドのやり方(エルファバ=西の悪い魔女という悪魔視、グリンダ=東の善い魔女というプロパガンダとグリンダによる民衆の鼓舞、動物を強制労働させる、移動を制限する、言葉を奪うなどの差別的政策と被抑圧対象の人格やら存在やらは無いものが別の何かで覆い隠す、といったやりかたで)がおぞましいものでした。なぜならこれらはここまで露骨ではないにせよ(むしろだからこそたちが悪い)現実でも行われているやり方ですからね、今も昔も。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったもので、リアリティがあるからこそのおぞましさでした。

それらの行動もまた、立場によって見え方が全く違うのも、中盤のオズの歌パートでも触れられていた真実とは、事実の持つ意味とはという問いを投げかけられているように感じました。

個人的に特にキツかったのは前作でエルファバとフィエロが助けた子ライオンの件が、よりによって当事者から非難された事でしたね。それもエルファバの数少ない味方だった動物達が離れていくこと、後半エルファバ悪魔視の苛烈化にガッツリ利用されることも相まって。

エルファバ、今作では戦う際は孤独な時の方が長いのですよね。ディラモンド教授も言っていたように長年虐げられたら言葉を発する勇気もなくなってしまう、つまりはオズの横暴に立ち向かう勇気も奪われてしまっていたわけで、エルファバが故郷に勝る場所はない、といくら叫んでも届かない場面は心が苦しかったです。

そしてついに交わることがなかった妹ネッサローズとのすれ違いと悲劇も心苦しかったです。互いの言い合いはどちらの言い分もわかっただけに余計。

それだけでなく、中盤権力者の支配から羽の生えた猿たちを解放するのですが、その時もその猿たちはいくらエルファバが訴えても言葉を発することは出来なかった、それもまたここに至るまでにどんな抑圧を受けてきたか想像に余るものがありました。

そしてグリンダの身の振り方も、エルファバやフィエロからしたら真実から目を背けて栄華に浸る(でもそれを2人は責めはしつつもグリンダの人格まで見限らない、という後述するエルファバ、グリンダの尊重し合う関係が出ていて好きです)やり方にほかなりませんが、西の悪い魔女や動物と言った脅威(これは権力者サイドが仕立てあげた悪役ですが)に不安がる人々を勇気づけ、日々を生きる活力を保つための行為でもあり、と。そしてそんな構造を作り上げている権力者も、エルファバや動物からしたら許されない存在ですがエメラルドシティの民にとっての希望であり、街の活力と発展に欠かせない存在という見方もまたあります。そんな悪役を仕立てあげ、なにかから搾取する構造はそうなった存在以外からは便利で快適で安全で活気ある社会、というのもまた見え方によってガラリと形を変える真実を表しているように思いました。

そんなおぞましい真実を知りながらも、エルファバのように真っ向から立ち向かう動機も勇気も足りない(グリンダは家族に友達に恵まれ、逆に動物からは名前間違えられたりそこまで関係深くなかったし)グリンダも、知った以上もう知らないフリはできないと別れたエルファバの在り方がずっとササクレのように引っかかっているような表情、声色をしていたのが印象的でした。そこはアリアナ・グランデの演技が光っていたなあと。わたし個人としては、ここに真実や事実が秘める力みたいなのがあるなーと思いました。どれだけ言い訳しても取り繕っても見て見ぬふりしても、それらは決して無くならないし、それが頭から完全に離れることもない、なかったことには出来ないって。

だからこそ、それでも諦めずに立ち向かい続けたエルファバの行動が終盤連鎖的に実を結んでいくのが実にカタルシスがありました。

前作からグリンダを除くと比較的エルファバに協力的だったフィエロは、ものの見え方が変わり、それと向き合う決意を固めて完全にエルファバと連帯することを決めました。

前述の羽の生えた猿、チステリーは、最後までエルファバに付き従いながら、エルファバが全てを終えた後、その最愛の親友に初めて勇気を振り絞り、言葉を発しました。わたしは今作で最も好きなシーンはここなんですよね。チステリー、解放された時点では他の言葉を奪われた動物同様喋れないし怯えたままでしたし、なんなら前作で騙されたとはいえエルファバに結果的に今の支配構造の後押しされたという今作の被抑圧対象の象徴みたいな存在でした。言葉を奪われて、動物達もまた意思を発する1個存在であることをいないモノ扱いされ、権力者の都合で使われているという意味で。だから本来は解放されたらもうあとは知らん顔で一目散に逃げ延びてもおかしくなかったのに、エルファバに重大な真実を暴くためのヒントを残していくシーンもあり、そこもあって最後の勇気を振り絞ったたった一言が本当に重く強く私の胸を打ちました。

そんなチステリーが言葉と共にグリンダに託したエルファバの思いを受け取り、遂にグリンダが立ち向かうことにしたのが、エルファバの今までが無駄ではなかったと思えて本当に煌々としていました。

エルファバとグリンダの尊重し合えた関係性

この二人の関係性、的確な言葉が中々見つからないのですが、共に在る、と言うのを体現していたなと思いました。まるで自然界みたいに、常に一緒にいる訳ではなく、強さも弱さもあるがままで時に影響し合い、それでもそれぞれの生き方を通し続ける、と言ったふうに感じられました。

それがすごく象徴的に現れていたのが、グリンダとフィエロの婚約発表の時、エルファバ排斥に沸き立つ民衆を前にした2人のエルファバへのスタンスでした。フィエロが煽動される民衆への嫌悪感を露わにしてすぐにでもエルファバ助けると息巻くのに対し、グリンダはエルファバが自分で決めて貫いている生き方を信じてあげてとフィエロを諌めるのですが、この辺にグリンダとエルファバの互いへのスタンスが現れてるなと思いました。事実、グリンダはどんどん危険な立場に追いやられていくエルファバが安全でいられるように手を尽くしつつもエルファバの道自体は1度も否定しませんでしたし、それはエルファバもまた同じで、グリンダの真実から目を背ける立ち振る舞い自体には共感せずともそれやグリンダそのものを否定はしていなかったので。

また、終盤までグリンダは一切弱気な発言やコンプレックスを打ち明けることをしておらず、エルファバは情動に訴える激励みたいな事は一切発さなず、するとしてもそれは事実に基づく説諭や発破に近いものだったのですが、それがクライマックスで活きて来たように感じました。エルファバは自身のコンプレックスも表出しつつそれらも無いものとして扱わず勇気ある行動に出ていましたから、グリンダがその勇気に影響され、グリンダの民衆やフィエロ、エルファバの誰もが不安や危険に脅かされないように嘘でもなんでもできることをする純粋な善意で動いていたからこそ、エルファバは嘘の面にあるグリンダの真実を理解できたからこそ、ずっと封印されてきた弱音と激励が最後に繋がるのがとても美しかった。それらを祝福するかのようなグリムリーなどの小道具の演出、その後のチステリーと言った連鎖もあって本当に印象的なクライマックスでした。それはエルファバとグリンダが互いに尊重しあえて自立し合える関係性だったからこそで、いないモノ扱いされていたもの達を互いに見ることが出来たからだと思っています。

後これは関係性の話からは少し外れますが、グリンダが序盤で自信を使ったプロパガンダで用いられていた「善き魔女」の善き、って言葉を商標登録しようとか半ばふざけ気味に言っていたのが、その善い、善意をただの言葉ではなくそれを体現することを胸に抱くという成長も言葉を大切にしている流れで好きでした。

このお話の結末に関しては、わたしの尺度で見たらエルファバとグリンダにとってあんまりではないかと思うことがないと言えば嘘になります。しかしそれはわたしの尺度でしかなく、仮にあんな結末を迎えたとしても2人が互いに抱いた思いも、受け取ったものも決して滅びはしないし、そうある事を納得して生き続けるのだと考えたら、そんな2人のその先に祝福があることを願うばかり。そしてその先はもう2人の人生であり、見世物ではないから話の区切りとしてはそれでいいのだろうなと思いました。

ともかく、ヴィーガンとしてはエルファバが一貫して動物の抑圧に抗ってくれたのは嬉しかったしそこが話の軸のひとつとして一切ぶれなかったのも嬉しかった。その視点があったおかげでチステリーに思いを馳せられたのも良かったなと思いました。

本当に観られて良かった。そしてこの作品で受け取った2人の勇気と善意、これらを考えながらこの先も生きていこうと思います。

ABOUT ME
悠蝶
悠蝶
ヴィーガンコーヒー・スイーツ愛好家
珈琲が好きで、甘いものも好きで、自然も好きで、地球上のありとあらゆる存在が奪わず奪われずに存在できたらいいなと願い、日々を生きる。週に一度植物性食材のお菓子を作るのが趣味で、いつかそのお菓子と自分で焙煎したコーヒーを色々な人に食べてもらい、帰って作れるようにレシピを共有できるような店を立てたいと夢を見ている。
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